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成長戦略を論ず−2.政権交代は、マクロ運営転換への勝負手

今後の成長戦略を検討するには、まず、これまでの自民・自公政権のマクロ運営、橋本改革から小泉改革に至る「改革」の結果を中期的観点から検証すること、そして、いまの日本経済がどういう構造問題に直面しているのか、そうした実態を確認することが必要であると思う。

その点で、選挙戦の最終盤、投開票の前々日である昨日08/28(金)に、雇用崩壊とデフレの実態を示す報道が続いたことは象徴的だ。7月の完全失業率5.7%は過去最悪である。6%台突入の可能性も小さくない。日本経済はつい20年前まで3%台の失業者しか生まない経済社会だった。最近の私たちは4%台に慣れてしまっていたが、それでもこの数値はショッキングなものだ。とくに、雇用の大部分を担っている中堅・中小企業の経営にはもう削り取るところがないことを示している。

デフレの進行も止まらない。7月の全国消費者物価指数は前年同月比2.2%下落した。これも過去最大の下げ幅である。統計上の問題があり、実際のデフレ圧力は数字以上に強いはずだ。マクロ問題に関してなら、本来はGDPデフレータの中期推移を見るべきだが(*)、消費者物価指数は象徴的で分かりやすい。

いずれにせよ、雇用が悪く、家計は火の車、ものが売れなくて、物価は下がる、経営は行き詰まる、倒産を避けるためにさらに従業員を削る、典型的なデフレスパイラルである。ここまでは比較的ゆっくり進んできたので、その問題の大きさが、多くの国民にはやや見えにくかったが、ここに来て一気に加速しつつあるようだ。なぜ日銀は手を打たないのか(*)。麻生政権が闇雲な財政出動を繰り返しても、これが、今の日本経済の実態である。ここに至るまでの歴代政権による、マクロ政策の継続的な失敗のつけは巨大なものなのだ。

考えてみれば、この事態を食い止められなかったというより、マクロ政策運営の失敗によって、国民経済の行き詰まりをむしろ呼び込んでしまった責任を負うべき政権が、政策実行の「責任力」を絶叫しながら退場を迫られているのは、皮肉なことでもあるが、当然の因果であるというしかない。

まずは、こうした日本経済のおおまかな状況を前提に(現状検証を深める前に)、今回の政権交代が今後のマクロ運営、成長戦略の選択にもたらす意味合いの大きさを再確認しておきたい。このため、前回、08/21(金)のマニフェストラウンジ例会で問題提起したことの採録は次回ブログで行いたい(早急に、できれば一両日中に公開したい)。なお、今回も(*)マークは、当面の論旨展開を簡潔にするため言い飛ばしにならざるを得ないけれども、今後のブログで追加論証をしたいと思っている論点である。

(1)成長回復が至難の時期に突入している。

まず、基本的な前提認識だが、バブル崩壊後、橋本改革以降の自民党、財務省、日銀三位一体でのマクロ運営の継続的失敗が、日本経済の長期低迷をもたらしてきた(*)。とくに、小渕政権が成長回復を成功させつつあったにも関わらず、そのあと(森短命政権を挟んで)小泉政権のあいだに経済体質の逆転悪化が進み、一億総中流社会から二極分化型の社会への変化、低福祉高負担の弱肉強食型システムへの転換が一気に進行し、その結果、この国の成長を支えてきた旺盛な消費需要など内需のダイナミズムが損なわれ、それが固定した(*)。

それでなくとも、マクロ経済の運営は難しい。そもそも経済政策の意思決定に関する基本情報の多くはクローズされてきたし、そのなかで財務省や日銀の強い組織利益のバイアスがかかった情報や論理操作(*)を透かして、的確な事実認識に立つこと自体、それがいつであっても簡単なことではないからだ(だからエコノミストやメディアはまま滑稽な役割を演じることになってしまう)。

しかも、かろうじて自力回復の力を残していた経済成長の土台を、小泉「改革」が大きく切り崩してしまったために、新たな成長軌道を発見し、国民経済を再建していくのはいまや至難の技である。政権交代はこの時期に実現することになる。つまり、民主党新政権のマクロ経済政策の成否は、今後の国民経済にとって死活的なものなのだ。今回論じておきたいのは、そのことである。

(2)次の政権交代で、また試してみることができるか?

民主党に一度やらせて、うまく行かなければ自民党政権に戻せばよいという論調がある。政治過程論としてはもちろんおかしくないし、政権交代の定着によって初めてこの国の民主主義と政策立案プロセスの成熟があるということも否定はしない。しかし、それは政治学的な面からの評価にすぎない。

私は、国民の多くは、これまで強弱はともかく支持してきた(もしくは許容してきた)自民党政治に訣別する礼儀として、あるいは、投票行動を変えていくことを自分に納得させる手順として、「一度やらせてみる」という論理を持ち込んでいるのだと理解している。政権交代後、これまでの政策的意思決定の実態が次々にディスクローズされ(*)、メディア論調も変化するにつれ、「やはりそうだったのか」「元々おかしいと思っていたのだ」といった政治意識の転換がさらに進み、自民党(自公政権)政治からの離反が一時的なものでなくなる可能性の方がむしろ高いと思う。

加えて、自民党政治(そして近年の自公政権)は、過去20年間、マクロ運営の無能力を示し続けたという事実がある。すでにリーマンショックの前から長期経済低迷が明らかであり、2年前の参院選結果から見ても、今回の総選挙での敗北危機が濃厚であり続けたにも関わらず、ついに既得権益のネットワークにメスを入れることができなかった。

ここに至っても現状維持的な政策枠組みしか示せていないでいる自民党が、これから一定期間(どれだけの期間になるのか、いま簡単に予測はできないし、例えば小沢一郎氏の政治判断にかかっているところが大きいと思うが)下野している間に、新たに的確なマクロ運営の人的・組織的な能力を培い、それを実行できる政党に脱皮できるなどと安易に期待することは難しい。そう思う方が常識的判断であるだろう。

つまり、民主党新政権への交代は、国民経済の今後のマクロ的な成長にとって、実は、ほぼ後戻りの効かない乾坤一擲の勝負手になっているのだ。民主党マニフェストは、いまだ、成長戦略について十分な整合性や戦略性を示せているとは言えないのだが、ともかく、最終消費への直接的刺激を軸にした成長路線への転換を提示している。いまはそれが効果を上げることを期待するしかない。

なお、加えて言えば、年金不安やデフレ下で家計縮小が長期に続いているなか、消費税増税を封印するのはマクロ政策としてむしろ理の当然であると思う(*)。いまの時期に大衆課税の強化方針を明らかにせよと迫るのは、いっそうのマインド低下、家計縮小をもたらすことにしかならない。むしろそうした(霞ヶ関からのアナウンスに踊らされた)財源論からの批判こそ、成長戦略としては無責任きわまりないというべきだろう。多くのメディアが、あいも変わらず財務省論理を繰り返し(*)、世論を間違った方向にリードしようとし、新政権の選択肢を狭めていることには辟易せざるを得ない。

(3)国民意識の転換が後押しをする。

繰り返しの世論調査において国民の投票行動が徐々に固まってきていることが分かる。揺り戻しのアナウンス効果は今回選挙では見られず、むしろ、政権交代をいっそう確実にし、新政権が政策枠組みの大きな転換を霞ヶ関に強制するためのパワーを、より大きく与えようとする方向に国民の意思が固まってきているようだ。底の浅い選挙屋が期待し想定している以上に国民は賢く、今回はとくに本気だということだろう。

この劇的な政権交代への支持の広がりは、2/3世紀前の戦時総力戦体制・翼賛政治から戦後民主主義・平和成長路線への転換・移行を思い起こさせるものがある。この戦後の転換は、確かに戦勝国に強制されたものだとはいえ、日本国民自らの歴史への反省と、転換が必要なことへの急速で深い納得のプロセスがあったことは明らかだ。

この国の国民は、いつもは、異常なほど辛抱強い。マクロ政策の誤りで国民経済が世界経済の中で実質半分に縮小しても、失業者があふれ、多くの家計が貯蓄を吐き出し破たんの危機に陥っても(*)、戦後成長の成功を担ってきた自民党政治にここまで繰り返しチャンスを与えてきた。

だが、こうした辛抱強さと同時に、転換の必要性をいったん理解したときには、その転換リスクが非常に大きく、先の見通しがいまだ十分に明らかになっていなくとも、大転換に踏み切る潔さや将来への楽観性があるようだ。今回総選挙によって切り捨てられる側の既得権益の受益者から見れば、国民の裏切りとか、節操がないとか、恩義を忘れているといった恨み節が出てくるのもよく分かるが、しかし、わがことながら実に面白く、柔軟性と可能性に富んだ国民意識であると思う。

そうした国民意識に後押しされて、新政権がどこまで必要なマクロ政策の転換を実現することができるか。日本経済の持続的な成長可能性が改めて開けるかどうかは、08/30(日)のあと、おそらく半年〜1年が正念場である。 

| C.政治・政策形成一般 | 14:17 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | このページのトップへ
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