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成長戦略を論ず−4.GDP指標で危機を見る。

間もなく樹立される民主党の新政権がどのようなマクロ経済運営の課題に直面しているのか、そしてそれをこなしていけるのかを、引き続き考える。そのために、まず、これまでの自公政権のマクロ運営の結果、日本経済がいまどういう状態に至っているのか、GDP関連指標で検証する。

この20年間のマクロ政策と経済成長の関係を改めて確認すると、国民的に、またメディアの世界で横行し、ままエコノミストもとらわれている「共通理解」がかなり事実と異なること、その誤った前提のために、成長戦略(そして、当面の景気政策)の議論が非常に歪んできたことが分かる。

例えば、バブルとその崩壊が現在までの日本経済低迷のきっかけであり、それ以降の低成長や転落はやむを得ないこと、不可抗力だった、と国民のほとんどが漠然と理解している。また、現在の大不況はリーマンショックなど主に外来性の(新型インフルエンザのような)ものだと思っている。だが、それはほとんど事実ではない。その誤解は、これまでの政権政党、日銀、財務省のバブル崩壊以降のマクロ政策運営に不当に甘い評価をもたらすものだ(意図的に誘導されてきた疑いが濃い)。

こうした点について、総選挙の投開票を控えた8月下旬、08/21(金)のマニフェスト・ラウンジ定例会において、いくつかの政府発表データなどをもとに改めてトレースし、問題提起した。

今回ブログから、ようやくだが(引き続き断続的な作業になるが)、このときの問題提起を採録したい。今回はそのうち、GDP関連指標の部分を整理した。必ずしも問題提起したときのままの整理ではなく、ラウンジにおける議論なども踏まえて修正・追加した。また、簡略化のため図表、引用は省略したが、原則、政府かOECDの発表資料である(簡単に確認できる)。パーセンテージ算出など以外、数値もとくに加工していない。

(1)「一人当たりGDP」(世界順位)の低下(要約/再録)

今回からの経済現状の検証は、一般的に広くみられるマクロ運営と政権責任(プラス、日銀・財務省責任)についての(誘導された)誤解の検証でもある。このうち、「一人当たりGDP」の(世界順位)が急速に転落しつづけていること、それへの政権の責任については、前回ブログ「番外編」で、ここまでの自民党(途中から自公)政権の交代にあわせて、おおまかに流れを見てきた。それを要約・再録しておく。

日本経済はバブル崩壊のソフトランディングに失敗した(その検証自体、重要だし興味深い問題なのだが、ここでは省略する)。だが、底力は強く、細川、村山両連立政権の間には自力回復の途上にあった。ところが、「改革」志向の橋本政権から迷走が始まった。それでも、小渕政権の大幅財政出動で、一時日本経済はかなり救われた。小渕首相の急死を受けた森政権のとき、「一人当たりGDP」は世界第3位に戻っていた。

一気の転落が再び始まったのは、(自公連立の)小泉長期政権が続いた間だ。平成10年代、日本経済は世界の中で一人低落を続けた。つまり、バブル崩壊のせいではない。まして、最近の世界不況のせいでもないのだ。安倍政権が引き継いだときにはすでに18位に転落していた。その後の政権も有効な手が打てず、総選挙前、麻生政権の2009年には30位になった。いまなお、低下速度は加速中である。

(2)「世界GDPに占める構成比」の急低下

この世界経済の中でのポジションの急低下を、今度は「世界GDPのなかでの構成比」(内閣府発表の「国民経済計算」による)の推移でみる。当然のことだがこの二つは連動している。

2007年末発表の2006年(平成18年)名目GDPは世界の中で9.1%となってしまった。これは、前年の10.2%からさらに一気に1.1ポイントの低下であり、比較可能な1980年(昭和55年)以降、最低の構成比だ。

この構成比は、1994年(平成6年/バブル末期/村山政権期)のピーク時には17.9%だった。そこからわずかの間に半減してしまったわけだ。19982000年(平成1012年/小渕政権期)には若干上昇したのだが、その後(小泉政権の間とそれ以降)シェアは急降下し続けている。

最近、中国の急成長によって、日本は世界第二位の経済大国の地位を間もなく失う、という言い方が多く聞こえてくるが、それは正確ではない。成長してきた世界の経済のなかにあって、確かに中国は急成長の旗頭だが、それ以上に、先進国でほとんど唯一と言ってよい足踏みを続けたため、日本が急降下しつづけてきたのが、転落のほんとうの理由である。

その後も名目GDPは下がっている。2009年値は15年以上前の1993年値に戻ってしまっているはずだ。当然、構成比もさらに小さくなるだろう。日本だけがひとり取り残されて来たのだ。この1/5世紀、こんなにマクロ運営に失敗しつづけてきた国は他にない。日本のマクロ運営の当事者が、せめて他の多くの国並みの能力を発揮していれば、一人当たりGDPは今の2倍になっていたはずなのだ。

そうであれば、(2倍にはならないにしても)家計が10年間に100万円も減ることなどなかったはずだし、地方経済の疲弊もかなり抑えることができたに違いない。私たちの暮らしははるかに豊かだったろう。ワーキングプアが激増することはなく、若者の自殺や社会的自殺のような不可思議な犯罪もよほど少なかったはずだ。成長で税収が増えていたはずだから財政赤字はこれほど増えなかったし、年金や医療制度の崩壊が近づくこともなかっただろう。

マクロ運営の失敗はそれだけ取り返しのつかない社会変化を生んでしまうのだ。国際社会の中で、(乱暴を承知で言えば)経済力以外にほとんど取り柄のない私たちの国が、その経済力を自ら失い続けているのだから、尊敬を得るのが難しいのは当たり前である。いま、私たちの国(や政府)は不当に軽くみられて、発言力を失っているのではない。失政続きを克服できないできたために、当然の軽視を受けてきたにすぎない。

(3)実質を表わさない「実質GDP

それはしかし名目GDPのことであり、実質GDPでは成長している、という言い方もある。だが、間違いである。デフレ下では名目GDP(の停滞)の方が経済実感に近いからだ。というより、経済実態を表わすからだ。逆に「実質GDP(の成長率)」は経済実態から乖離してしまうのだ。

簡単なからくりだ。ふつう(古今東西)、成長はインフレ傾向とともに進む。物価で割り戻さないと成長を過剰に評価することになる。だから実質成長率を使う。だが、ものが売れずに物価が下がっていくデフレ下では、低下していく物価で割り戻すと、成長していない経済があたかも成長しているような、まがい物の数値になってしまう。長期に続くデフレ下のいま、「実質GDP」の成長率は日本経済の実質を表わしていないのだ。

経済がインフレ傾向にあるかデフレ傾向にあるかは、GDPデフレーターの推移を見る。「名目GDP/実質GDP」の商であり、付加価値の物価水準を表わす。1990年代はほぼこれが103104の水準で高原状態にあった。若干のインフレ傾向で(付加価値の物価はやや加熱気味で)経済成長が続いていた時期である。しかしその後、この10年間、デフレーターはほぼ一直線に低下を続け、最近の20072009年には9293の水準になってしまった。それだけ乖離が大きくなっており、見た目以上に経済実態は悪い。急激なデフレが復活しているということだ。

これだけのデフレの持続を食い止めないできたこと、むしろそれがますます強まっていくようなマクロ運営は、(バブル崩壊であつものに懲りてしまったことをいくら割り引いても)「無能」という以上に「異常」な運営である。この際、これまでの自公政権の個別政策の是非をすべて棚上げしてもよいが、このマクロ運営の「無能」と「異常」さだけは許しがたい。

今の日本は(金融、財政政策の誤った誘導のため)このように、持続的でかなり強烈なデフレ状態にある。だから、総選挙直前、「実質GNPがわずかに上向いた」と政権与党が政治宣伝に使ったのは、嘘を分かっていてプロが素人をだますようなものだったのだ。ただし、与党自体が間違った認識でいた、問題を軽くみていた、という方が事実なのかもしれない。だとすると、それはいっそう深刻なことであり、政治・行政が(マクロ政策に関する)深刻な機能不全に陥っていたことをあらわしている(民主党の新政権がその機能回復を果たせるかが、実は隠れた大問題なのだ)。

「実質GDP」が、この四半期、短期反動で多少上向いたことよりも、むしろ、その前の時期、これだけの持続的なデフレ下においてなお、実質GNPが大幅に下がってしまったことの方が、よほど取り上げるべき重大な問題である。それは、弱り続けてきた日本経済にさらに驚くべき強烈なブレーキがかかったことを示しているからだ。国民経済の全面破たんのリスクがあった(いまもある)ということだ。

だから、私は、民主党新政権は現在の経済状態をもっと深刻にとらえるべきであるし、けっして財政出動の拡大を抑えてはならないと思っている。だが、そうした危機意識は大きくないように見える。かなり心配だ。日銀、財務省もその点、正確な判断を民主党に提供すべきなのだが、彼らの組織自体がそういうマクロ運営の責任を深刻にとらえきれていないのではないかと危惧される。そうでなければ、この10年間、こうしたデフレ強制型のマクロ運営を続けることはあり得ないからだ。

(4)危険水域が続く「GDPギャップ」

これを別な指標で再度確かめよう。選挙戦直前、「実質GDP」がわずかに上向いたと自公政権が喧伝した0946月期だが、しかし、同時期に「GDPギャップ」はマイナス7.4%もあった(内閣府発表)。

GDP(国内総生産)」は実際に算出されたモノ・サービスだ。一方、「潜在GDP」は、企業の設備投資や雇用者数などから推計する。このGDPと潜在GDPの差を潜在GDPで割った商が「GDPギャップ」だ。一言で言えば、日本経済全体の需要と供給の差、「需給ギャップ」である。

このギャップも、他の指標と同様90年代以降はマイナスが続いてきたのだが、この13月期は過去最悪のマイナス8.0%だった。今回、わずかに縮小はしたが、それでも四半期マイナス7.4%というのは、年換算40兆円の需要不足である。こんなにひどい数字は見たことがない。日本経済は、過去(少なくともこの四半世紀で)最悪水準の需要不足が連続しているということだ。

これは、どんどん需要が縮小していくので、(政策がよければ本来過剰ではなく、国民経済にも、企業経営にも役立つはずの)供給力がどんどん過剰供給力になってしまうということを意味する。健全な債権が次々不良債権化して銀行の経営を危うくする悪循環と同じことだ。これでは企業セクターは(いくら整理しても)過剰な設備や雇用を抱えている状態から抜け出すことができない。だから、今後、さらに設備投資を控え、雇用を削減する(再び底が抜ける)ことになりかねないのだ。今は、一部の(自動車や家電の)部門への緊急支援で需要を先食いして持ちこたえている状態だが、大多数の中小企業はその恩恵を受けていないし、先食い需要が一巡したときには、その先がない。

もちろん、いまの需要不足への直接の寄与度は、世界不況による外需縮小が大きい。だが、その外需の回復は簡単にはいかない(アメリカの雇用指標も最悪水準を更新している)。だから(国内需要の先食いで一息ついても)輸出産業の見通しは十分明るくはならない。そして内需全体も、麻生政権がこれだけ連続的に景気対策を打っても、(家計消費が冷えきっているため)簡単には上向いてきていない。これまでデフレ政策と将来不安をあおる政策運営を長く続けてきたために、強いマイナス慣性が働いているのだ。

補正予算には、景気対策と言いながら、需要刺激効果が疑問な間接的施策が多かった。そのことの問題は確かにある。だが、そもそも(年金・医療など)将来生活不安に手を打てないできたことが大きいのだ。そして何より、デフレスパイラルの中で、政府の(マクロ)施策によって、これからは景気が上向くはずだ、生活が改善するはずだ、という信頼を国民が持てていない。そのことが大きく足を引っ張っている。

民主党新政権の誕生が、この「クレディビリティ・ギャップ」、政府、政策への信頼GAPを、どれほどか埋めたのであれば少しはいい。だが、そうならなければ、きわめて危険な状態がなお続くとしか言いようがない。選挙後も既存メディアの論調や番組の進行ぶりは、新政権の政策の可能性を論じ国民の期待感を高めるのではなく、転換の難しさ、政策効果が上がらない危険性ばかりをムキになって取り上げている。それは、これからのマクロ運営の成功の可能性をあらかじめ削ぎ取るようなものだ。彼らの無自覚さ、無定見な発言には憤懣やるかたない。

民主党政権の内需刺激型の新政策の本格スタートは、来年度予算からしかできない。その前の段階がむしろ問題だ。そのくらい、いまの日本経済の状態はガタガタなのだ。多くのエコノミストが(そしてメディアの論調が)「いまここにある危機」を軽視しすぎていると思う。この年末から年明けにかけての再失速が非常に心配である。金融政策の新方針(インフレ・ターゲットとマネタリーベースの持続的拡大)宣言と、(赤字国債による)財政出動継続の宣言が同時に必要な局面だと思う。

 
| C.政治・政策形成一般 | 17:23 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | このページのトップへ
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